観劇感想
けっして登場人物になったつもりではないのだけれど、なんとなくそのうちの一人に感情移入して舞台を観ていることってよくあります。
最初から最後まで同じ人の時もあるし、その場面その場面で色々な人と共に心を震わせながら観ているって感じかしら。
「ライラックの夢路」で誰に一番入り込んじゃったかというと、銀行家の娘でちょっぴり鼻持ちならないディートリンデ♪ひまりちゃん(野々花ひまり)なんです。
ディートリンデは美しくプライドが高く、常に周りの注目を集めていなければ気がすまない女性。
源氏物語の葵の上に似ているかも~ってふと思いながら観てました。
いずれは天皇になる皇太子に嫁ぐと幼い頃から教育されてきた葵の上。
でも臣下である光源氏の妻となったことで気位の高い葵の上は源氏に対し冷たい態度しかとれない。
本当は天下一の美男で何事にも秀でた光源氏に引け目を感じ、好きになっても素直になれなかっただけなのに。
そんな美しい葵の上とはまるでかけ離れた、平々凡々にして居たかどうだかも思い出してもらえないような私ですが若い頃はなぜか自意識過剰だったので葵の上が好き、というより共感できるわぁと思っていたのです。
そういえば大昔「歌劇」の天声高声欄に投稿するのに葵の上をペンネームとして使っていたわ。すっかり忘れてたけど急に思い出した。投稿は飽きてすぐにやめちゃったけれど。
いやだいぶ話がズレたよ。
つまりディートリンデのあの色々問題のある行動や態度もきっと葵の上と同様、自尊心の高さと奥底にあるコンプレックスの裏返しだわ~と思ってなんだかものすごく感情移入してしまった。
チヤホヤされるのは父親が銀行家であるがゆえで、自分自身には何も価値がないのではないかという不安。
素直になれない自分とポジティブオーラを醸し出すエリーゼを比較し、ねたんでしまう鬱屈。
そんな気質の彼女がまっしぐらで太陽のような兄を眩しくみつめ、月のように影から支え、ついていくしかないフランツ♪あーさ(朝美絢)の秘められた鬱屈を感じ取り、さながら共謀者のように言葉と口づけを交わし合うのってすごくわかる!ドキドキする!
そしてフランツもディートリンデがどんなに問題を起こそうが彼女のことが好きで、というかむしろ彼女じゃなければならないのよね。
ディートリンデの心の棘ごと、というかそれ故に深く愛しているんだもん。
二人はまさに魂の双子。
とはいえフランツは貴族ではあっても領地も爵位も継げない次男です。
領主であるハインドリッヒが花婿候補にあがればフランツにはもう手も足もだせません。
ディートリンデも心の奥底ではフランツに惹かれているのに、そのプライドの高さゆえ自分の心を素直に表現することができないし。
その上、パーフェクトな花婿候補ハインドリッヒがまるで自分に見向きもしないのも癪にさわる。
貴族じゃないから軽く見られているわけ?という階級コンプレックスでイライラしていたら、よりによって職人の娘なんかに好意を持っているのを目の当たりにするというダメ押し。
こっちのほうがマジにつらいよね。見向きもされなかったのは階級が原因ではなく人間的に魅力がないからだと自分を否定されたようなもの。
好きでもないくせに無視されるのがこれほどまでに我慢ならないのはそれだけ心が傷つき易いということでもあります。
こんなはずじゃない、こんな惨めな自分は嫌!
女王のように華やかに振る舞っても、心の中では自分で自分を切り刻むような日々。
なんて切なくてなんて悲しいことでしょう。
賢いのに時として愚かになってしまう強く見えて中身が脆い女性って大好物なのだよ。
なのでずぅ~っとディートリンデの気持ちに寄り添って芝居を見てしまいました。
脚本・演出上、襲撃事件へと至った心情とその後があまりきめ細やかに描かれていなかったのがちょっぴり不満かな。まぁ主人公ではないので仕方がないのですが。
出来うることなら、彼女の揺れ動く想いを吐露するナンバーも聞きたかったよ。
こういう複雑で、ままならない人間の心情こそ芝居で描いてほしいと思うのだもの。
それでもひまりちゃんの演技は素晴らしくって、ディートリンデの苛立ち、不安、悲しさが見事に浮かび上がり、もう共感の嵐でした。素晴らしかった。
さてさて、時は産業革命の頃。
これからは領地だ爵位だなんてことはあんまり意味がない新しい時代へと突入していきます。
ディートリンデもラストには古い価値観から脱却し心から愛する人と結ばれることになんの気持ちの障害もなくなるわけだね。良かった良かった。
いやむしろドロイゼン家経理担当にして頭の切れるフランツを婿に迎えたほうが銀行だって万々歳じゃないの?というのはプロジェクトX的視点かな。
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