演出家 柴田侑宏先生逝去「仮面のロマネスク」

【2019-07-20】
思いつれづれ

柴田侑宏先生が亡くなられたことを今朝の新聞のお悔やみ欄にて知りました。

ずっと患っていらっしゃったこと、視力を失くされたとも聞いていたけれど。永遠のお別れが来てしまうとはなぜだか思っていなかった。

それほどに柴田侑宏作品は私の心の中にずっとずっと長く生きていて、そしてこの先もずっとずっと共にあるのだと思います。

「うたかたの恋」「琥珀色の雨にぬれて」「アルジェの男」「哀しみのコルドバ」「紫子」「大江山花伝」「たまゆらの記」「新源氏物語」「小さな花がひらいた」「川霧の橋」などなど。

宝塚を見始めたあの頃、もしもこれらの作品がなかったとしたら、おそらくこれほど宝塚にハマることはなかったでしょう。

柴田先生の作品を若く感受性の強い頃にいくつも観ることができたのは幸せなことでした。

その後観劇から離れてしまった間にも、もちろん素晴らしい作品が沢山生まれ、劇場で観ることはできなかったけど幸いにしてスカステでそのいくつかを見ることもできました。

初演も再演の全国ツアーも生の観劇はできませんでしたが、好きな作品の一つに名作「仮面のロマネスク」があります。

これをスカステで見たとき、これまでも何度も思ってきたことだけれどあらためて

柴田先生天才!!ってうなりました。

原作はフランス革命直前に執筆されたラクロの「危険な関係」

つまり、もともとはフランス革命直前の「パンがなければお菓子を食べれば」的な貴族社会における恋愛遊戯を描いた作品なのです。

「ベルばら」のマリー・アントワネットやフェルゼンがいた頃の市民たちに打倒される直前の貴族社会。

ところが柴田先生は時代背景を宝塚ファンに馴染みの深い原作通りのフランス革命直前ではなく、そこから3、40年位あとの7月革命直前に置き換えている。

もうね~。ここがスゴイと思う!ホント柴田先生天才!

フランス革命、ナポレオン時代が終わりその後のウィーン体制におけるブルボン王政復古の時代。ここに舞台を変えているのね。

当時の王はシャルル10世。

そう!「1789」でみやちゃん(美弥るりか)が演じたアルトワ伯ですよ!

ヴァルモン子爵はそんな一度滅びたアンシャン・レジームの残り火の中でしか生きられない王党派の貴族。

ダンスニー男爵はブルジョア的新興貴族のお坊ちゃんなのかな?来るべき自由社会に生きる新時代の若者。

メルトイユ侯爵夫人の屋敷でいろんなものをくすねる3人組は貴族が滅びようが復活しようがお構い無しにしたたかに生き抜く下層階級。

この3つの階級の対比が描かれている。まずここが上手い。

そして一度はブルジョア市民や下層階級に打倒されたものの再び蘇ったブルボン王朝は7月革命により完全なる終焉を迎える。

世の中は産業革命に突入し、快楽と恋愛に戯れるだけの華やかな古い貴族中心の社会はフランスにおいて二度と蘇らない。

原作通りのフランス革命前夜ではこの三つ巴の階級の人々の生き様の違い、滅びゆく貴族社会への哀惜は描ききれないと思うのよ。

より退廃的で、より滅びの美学が生きるこの王政復古の時代に舞台を変えるという柴田先生のセンスの素晴らしさよ。

それから原作ではヴァルモン子爵は決闘で死に、メルトイユ侯爵夫人は悪事が暴かれ天然痘で美貌を失うという因果応報なんだけれど柴田先生はその結末も変えている。

ま、ここは宝塚的には変えなきゃいけないところではあるけれど。

「仮面のロマネスク」では7月革命の砲撃の音が響く中、ヴァルモン子爵とメルトイユ侯爵夫人のラストダンスで幕が下ろされる。

この美しいラストシーンは二人が生きた、そしてまさに今滅びてゆく時代へのレクイエムなのね。

初演でヴァルモン子爵を演じたゆきちゃん(高嶺ふぶき)はこの作品で宝塚を退団。

だから、彼女にとっても、もう二度と演じることのできない宝塚男役という時代との別れのダンスでもある。

退団作品としてもとても見事な構成となっています。

そして宝塚としてはギリギリのアンモラルな恋愛遊戯の心理戦を香気豊かに描ききる演出力!

人の心のどうしようもなさ、矛盾、奥深さを美しいセリフで紡いでくれる筆力!

何度も言うけれど柴田先生天才!!

素晴らしい作品の数々を本当にありがとうございました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

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