観劇感想
キラキラ輝いていたハインドリッヒ♪さきちゃん(彩風咲奈)とエリーゼ♪あやちゃん(夢白あや)のカップル。
エリーゼに続いてお次はハインドリッヒです。
騎士出身の大地主ユンカーであるドロイゼン家の長男。すなわち領主様であるハインドリッヒの造形もとても面白かった。
夢に向かってガンガン強引に突っ走っているように見えてけっこう繊細なの。
彼にとって大切なことは最初のうちはドロイゼン家の繁栄と継続だったと思います。
世の中はイギリスで始まった産業革命とともに大量生産とスピードの時代へと突入していく兆しを見せ始めていた。
この若き領主は自分の領地が世界のすべてという昔ながらの農地経営から脱却しなければ!とずっと感じてはいたのでしょう。
新しい事業の資金調達の困難にぶつかり、それをひとつずつ乗り越えていく毎に領地だけではなくプロイセン、いやドイツ連邦全体を視野に持つようになっていく。
家の繁栄だけではなく、領民、国民の幸せのためにどうあるべきか。
それが彼の夢となっていくのね。
旧世界に属する大地主の長男という約束された立場にいる人間として、そういう気づきは稀有なことだと思います
大劇場楽のLIVE配信で初めて見たときには気が付かなかったけれど、劇場で観たら彼のそういう気づきというか近代人としての目覚めが丁寧に描かれてとても感銘を受けました。
領主という立場になれない次男のフランツ♪あーさ(朝美絢)のほうが保守的な農地経営を重視しているところも面白かったな。
手に入れられないものだからこそ、逆にものすごく大切なのね。
フランツにその戸惑いをぶつけられた時にそれまで陽の輝きを放ってきたハインドリッヒ♪さきちゃんからふと浮かび上がった繊細さが物語に深い奥行きをもたらしていました。
やっぱりオリジナルの宛書ってすごくいいわぁ。
あ、でも余談ではありますが…。
ハインドリッヒのセリフのひとつにだけはちょっと注文をつけたい。
エリーゼがバイオリニストへの夢を女であるがゆえに絶たれた時、「鉄のジュエリーでも作ってみたら」というようなセリフがあったのですが。
この「でも」って多くの中からひとつを例を挙げる時に使う言葉だと思うのです。
気晴らしに、買い物でも、テニスでも、ヤケ食いでも…。
そういう数ある選択肢の中のひとつとして鉄のジュエリーでもというわけ。
つまりハインドリッヒはけっしてそれを強制したのではなく、多くの選択肢の中のひとつとしてジュエリー制作を勧めたっていうニュアンスになる。
そしてそれがエリーゼにとっては心躍り、夢中になれることだった。
ハインドリッヒは女性を大切にする騎士というだけでなく、女性だってその生き方を自分自身で決めもよいと考える近代人のさきがけでもありますね。
だから日本語的にも流れ的にも何も間違ってはいないです。
それでもこの言葉のチョイスはなんとなくアカンと思うのだ。
その選択肢がもっと唯一無二の大切なものであって欲しいのよ。
ハインドリッヒにとって鉄のジュエリーは初めて出会った時すぐに目に留まり、エリーゼ本人と同様とても心に残っていたのだし、もちろんエリーゼにとっては思い入れがある大切なアイテム。
物語のキーとなるこの鉄のジュエリーに沢山の中から大雑把に選んだものを表す「でも」という助詞はつけてほしくないんだよなぁ。
この「でも」がつくことによって鉄のジュエリーの意味合いが軽くなってしまって、オイオイ、バイオリニストになる夢はええんかーい!って観客に思わせてしまうんだもん。
心のなかから湧き上がってくるような自分らしい夢を求めているエリーゼにとって、鉄のジュエリーは本来もっともっと重要なキーアイテムだったはず…。
まぁ、細かいイチャモンですが。
ここは大団円の伏線となる、そして二人が一層心を寄せ合う大切なシーンなので言葉をもっと慎重に選んで欲しかった。
じゃぁ、どういう言葉ならよかったのか?なんて難しいことは聞かないで~。
コメント