観劇感想
原作の「蒼穹の昴」は出版されたばかりの頃に徹夜本!と紹介されて評判になっていたので読んでいました。
壮大な歴史のうねりの中、ドラマティックな出来事がどんどんと繰り広げられていくので分厚い単行本2巻をあっという間に読了したことを覚えてます。
でもそれはつまり登場人物の細やかな心情まではあまり詳しく書かれていないということでもあるのよね。
春児はどんどん出世するし、文秀はわりと最初から誰もが一目おく優秀な男だし、とにかくとても展開が早い。でもそこが徹夜本たる所以です。
だから今回の舞台化にあたっては削られたエピソードはもちろんあるけれど、けっして小説のカット版だとは感じませんでした。
だって舞台の展開のすっ飛ばし具合はまさに小説のスピード感そのものですもん。
いえむしろ、よくぞここまで人間ドラマとして登場人物の内面までを感じさせて舞台化が出来たものだとすごく感動しました。
まず幕開きの音楽から素晴らしくって。
荒涼とした大地の広がり、そして悠久の歴史を刻んできた中国の一つの時代の終わりを感じさせるような物悲しくも壮大な音楽。
小説を読んでる時って頭の中に音楽までは流れてこないものね。よほど音楽的才能がある人であれば脳内で奏でられるかもしれないけれど、凡人には無理。
本を読むのも好きだけれど、こうして耳にも訴えかけてくれる舞台ってやっぱり特別な喜びだわ。
そこに重なる白太太♪いっちゃん(京三紗)のお告げのナレーション。
もうこのオープニングだけでぐいぐいっと物語の世界に引き込まれていきました。
幕が開けば若々しくてハンサムな梁文秀♪さきちゃん(彩風咲奈)登場。
まだ故郷の村にいるところから始まるのね。
暗がりの中そこだけ灯りがともったような地元の小さな酒場のセット。
周りの飲み仲間もよく見れば、まなはる(真那春人)、あすくん(久城あす)、すわっち(諏訪さき)と芸達者な方たちばかり。合格通知を持ってくる使用人はにわさん(奏乃はると)。酒場の親父はゆうちゃん(汝鳥伶)!
みんな人の良いごくごくフツーの男たちの雰囲気を上手く醸し出しているものだからさきちゃんのキラキラ感が更にアップされてる!
飾らない気さくな青年の姿はしていても非凡な男なのね。それがすぐわかる。
そこから一転、紫禁城に伺候する対襟補褂(トイジンプグワ)という満服を着たさきちゃんの美しさよ!
大階段から花道までずらりと揃った絢爛豪華な衣装の人々に囲まれても負けない光り輝くオーラが感じられるのはやっぱり長身小顔のさきちゃんなればこそだわ~。
科挙第一等の成績って紹介されて、はい、まったくもってその通りですよね!ってすんなり納得できちゃう。
科挙上位合格同期三人の自己紹介や歌も未来と希望に満ち溢れていて頼もしい。
自分たちの手できっと世の中を変えられる、困難を乗り越えるんだって強く信じている姿が本当に眩しかった。
気さくなバカ話から高度な討論まで、なんでもぶつけ合える同期っていいよなぁ。
一方で、春児♪あーさ(朝美絢)に対する時は義兄弟と言いながらもやっぱりどこか対等な話が出来る男同士とは思ってないところが垣間見えるのよね。まぁ文秀と春児では身分も立場も年齢も違うからそれはしょうがないんだけれど。
同期といる時と春児といる時の違いを対比として際立たせる脚本の構成がほんと素晴らしいと思うわ。
市場での喧嘩は文秀としては上に立つものが下々の面倒を見るのが当たり前という、いわばノブレス・オブリージュの思いだったのでしょう。
でも春児にしたら施しを受けるような関係性は良しとしてないんだよ。糞拾いにだってプライドはあるんだ。
エリート官僚として国を正そうとする文秀にはこの国の大多数である名もなき貧しき人々の本当の心のうちまではちゃんとわかってなかったのかもしれない。
文秀をけっしてスーパーヒーローとせず、優しさも弱さもある人間として描いているところがとても好きです。
だからこそ大婚式の後の春児との再会にすごく感動しました。
自力で這い上がってきた春児に「お前はすごい」って言えたのは、ここでようやく対等な人間同士なのだと気づくことが出来たってことでもあるよね。
けれどもそれは同時に、宦官しかも西太后付きとなった春児と官僚として改革を志す文秀は相反する道を行くこととなるわけで。
敵対する主に仕えることとなっても、ようやく対等な人間として春児と声を合わせ共に力強く歌う文秀の姿に涙しました。
本当に美しい二人だったわ。
ここね。さきちゃんのほうが下ハモってところがまた良いのよね。
上ハモに春児の気持ちの高鳴り、下ハモに別々の道を歩む運命をすでに知っている文秀の強さを感じます。
見事に京劇を披露した高揚、兄と慕う文秀との再会、知らされた母の死、なにもかもがいっぺんに押し寄せてきた春児はその事実にまだ気づいていないことがなんだかものすごく切ない。
このあたりはもう涙腺ガバガバだったのだ。ちょっと触るとすぐ大泣きする状態よ。
楊喜楨♪ハッチさん(夏美よう)の暗殺はなまじ原作読んでいるもんだから(原作ではサソリを使っての毒殺)突如響いた銃声に本当にびっくりしてしまった。
いい感じに西太后の引退が決定してちょっとほっとしたところにあの発砲音だもん。ある意味原作通りのジェットコースター的展開。おかげで心臓のドキドキがとんでもないことに。
そのまま、さきちゃんの銀橋の歌になるものだから涙腺ガバガバと心臓ドキドキが重なり合って信じられないくらい涙が溢れました。
一人の官僚がこの何億という民を抱えたまま病み衰え列強の餌食とならんとする清国を正せるものでもないことはもはやその時感じ取ってはいたんじゃないかと思うの。
物語の最初にあれほど青雲の志に満ち溢れていた文秀が一幕の終わりにはどうやっても動かないであろう状況に立ち向かう悲壮な決意を歌っている。
その迫力、その覚悟。
さきちゃんの歌声に本当に心を動かされた。
舞台の歌でこんなにも胸が打ち震えた、というか打ちのめされたことは近年なかったかも。
もう1幕終わった時は放心状態でした。
すごい!
小説も面白かったけれど、舞台はさらに感動!
さて2幕になると、いよいよ光緒帝の世になり変法が本格的に進められるのですが、ここでちょっとした不満が。
実は小説にも書かれているのだけれど、舞台化にあたって絶対入れてほしくなかった言葉があって、それが入ってたのが地味にショックだった。原田センセ~~~(泣)
康有為♪にわさん(奏乃はると)の暴走によって政治が大混乱の時、さきちゃんが光緒帝に向かって「失策でございました」って言うところ。
自分に一言相談してくれればみたいなセリフはたしか小説にもあったんだけれど、でもそれを言っちゃーおしまいだよねぇ。
言ったところでもう取り戻せない状況をそんな風に指摘するってどーよ!って小説でも舞台でも思わず突っ込んじゃった。
ま、そこがけっしてスーパーヒーローではない、まさに人間ドラマなんだけど。でもこのセリフだけはちょっとかっこ悪いかな。
ただその官としての優秀さが袁世凱♪まなはる(真那春人)説得の失敗にもつながっているのかも。
文秀がどれほど非凡な男であろうが激動の時代には文民統制などままならない。武力こそが大きな力を持ってしまう。
科挙に落ち軍人となってのし上がってきた袁世凱を説得するのに状元第一等のプライドを持ち出しちゃぁいかんのよ。
仁を持って国を正そうとする文秀にはそこが理解できてない。
高き理想は無骨な暴力に破れる運命にある。人が歴史を動かすものではあるのだけれど、その歴史のうねりの中では往々にして人は無力だ。ものすごくドラマチック展開だ。
いやぁ。上手く出来た構成だわ。原田センセ~~~素晴らしい!(とすぐ手のひらを返す。)
二幕では爆死する順桂♪そらくん(和希そら)、処刑される譚嗣同♪しゅわっち(諏訪さき)のエピソードの印象が大きく、文秀はひたすら受け身の芝居になるのだけれど、静かにもがき苦しみ、時には滂沱の涙を流して歌うさきちゃんの求心力はすごかったわ。
そもそも小説での主役は極貧の少年から太監に成り上がっていく春児だったわけで、それを今の雪組の布陣に合わせて清国の官僚である梁文秀を主役にするのは脚本も演者も本当に難しいことだったと思うのです。
しかも西太后を悪者とするのではなく、大きな歴史のうねりの中、清国という巨大な魔物と対峙し、そしてどうすることも出来ず敗れ去っていく文秀の生き様を正面に見据えるという切り口には痛快さもない。
大衆娯楽である宝塚歌劇でそういう骨太な物語を紡ぐことはなかなかのチャレンジです。
でも同時にこれは宝塚でなければ出来なかった作品だとも思うのです。
80人近い美しい衣装の演者がずらりと並ぶ壮麗さはまさに宝塚の真骨頂。他の舞台では絶対できない。
こんなにも豪華な歴史絵巻で、なおかつ人間ドラマとしても深くて、その中で辛抱役である文秀を主役として演じきったさきちゃんは本当に見事だった。
いやぁ~凄かった。見応えあった。さきちゃんの代表作!
一本物のグランドロマンでまさかこれほど感動するとは観る前には思わなかったよ。
まだ玲玲♪きわちゃん(朝月希和)や春児と黒牡丹お師匠様♪るいくん(眞ノ宮るい)のことや、専科さんの素晴らしい演技など他にもいっぱいいっぱい書き留めておきたいことあるのだけれど、超大作過ぎてどうにもまとめられないよ~。
ちょっと力尽きたわ。
続きはまた後ほど。いやしかし、いつになるやら。
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