【2023-02-12】
LIVE配信感想
今までずっと関連書籍や原作本などには全く触れず観劇のみを楽しむというスタイルだったのですがTwitterを始めたことによって「どうせネタバレ踏むなら原作読んでたほうが楽しいわい」と最近は積極的に読むように。
というわけで「海辺のストルーエンセ」は関連本として「残酷な王と悲しみの王妃 2」(中野京子)を「ディミトリ」は原作の「斜陽の国のルスダン」(並木陽)を事前に拝読。
どちらの本もとっても面白く、舞台が楽しみでした。
しかし「ディミトリ」は中止期間にあたってしまい観劇叶わず。「海辺のストルーエンセ」はチケット難でハナから諦め。
せめてLIVE配信を見た記録だけでも残しておかなきゃと思ってたのに、このところ仕事も体調もトラブル続きですっかり放置してしまった。無理のできないお年頃です。
「海辺のストルーエンセ」
それでも配信視聴の直後にちょっとだけ残しておいたメモ。そこにはなぜか「人魚のミイラ」となぐり書きが。
え?な、なに?どういうこと?
自分で書いていながら時間が経っちゃうとまったくもって意味不明。
仕方ないのでグーグル先生にお伺いをたてました。自分の頭の中のことなのに情けない。
ちょうど配信を見たあたりの時期に岡山県の寺に眠る“人魚のミイラ”を最先端装置によって検査したというニュースがあったことを発見です。
思い出すにどうやらこのことだわ。
それにしても「海辺のストルーエンセ」となんの関係があるのやら。
ちなみに人魚のミイラは分析の結果
- 哺乳類の体毛
- 動物の角質を持つ爪
- 何らかの肉食性の魚類の顎
- フグ科魚類の皮
- 布、紙、綿の詰め物
で作られた人工物だったことが判明。
まぁ結果はロマンもへったくれもなくなってしまったものの、そうやって珍しい生き物を人の手で作り出して見世物なんかにしてたものがお寺で代々大切にされてきたというのは、すべてを科学的論理的に割り切ることの出来ない人間の心の不思議です。
多分「海辺のストルーエンセ」の舞台となったコペンハーゲンに人魚姫の像があるからこのニュースが気になったんだろうなぁ、過去の自分よ。それにしても意味わからんよ。
時はフランス革命直前くらいのしかもヨーロッパの中心からは離れた小国デンマーク。
今でこそ北欧は先進国のイメージがありますが当時としてはきっと寂しい辺境の地。
若き王クリスチャン7世♪あがちん(縣千)は精神を病み、それを知らずにイギリスからお嫁入りしたカロリーネ♪メロディちゃん(音彩唯)の孤独。ドイツからやって来た医師のストルーエンセ♪あーさ(朝美絢)との道ならぬ恋。
この三人の物語は参考に読んだ「残酷な王と悲しみの王妃2」にも詳しく記述されています。
とにかくこのストルーエンセ先生がこの時代の人としては信じられないくらい先進的だった。
医療といえばなんでもかんでも瀉血の時代にきちんとした感染症対策や種痘など今でこそ当たり前な科学的知識を実践しためちゃくちゃ頭の良い人です。
本を読んでてとにかく歯がゆかったわよ。なんでこんな当たり前の正しいことが全然理解されないんだ?って。
でも当時の人からみれば、ぽか~んなのよね。人魚のミイラのほうがまだ効き目があるような時代だもん。
ストルーエンセ先生からみたら周りはみんなお馬鹿さん。
だから啓蒙主義なわけです。無知な民衆にまず正しい知識を!
科学!理性!そして自由を!
ただしそれは危険な思想。なにせ時は絶対王政なわけですから。
王とは何を根拠に絶対なわけ?
民衆が知識を持ち疑問を持てばそれはすなわち王の存在を否定することに繋がります。
もちろん王家に入り込んだストルーエンセは王政を否定するつもりなどなく、この小さき国にただひたすら正しいこと、民衆にとって良きことを実践する場を求めただけだったのに。
結局は国民のことなんてどうでも良いのが当たり前だったこの時代の王族の世継ぎ争いに巻き込まれ処刑される。
なにぶんギロチン発明以前です。それはそれは残虐な方法で…。ぅぅぅ。
というような前情報を仕入れてからのLIVE配信視聴だったので、おろ?こういう話の切り口になるんだ!って予想外の展開。
そうでした。脚本演出は指田珠子先生よ。
史実をそのままなぞるような歴史劇ではなかったのだ。
幕開きにのぽつんと一つだけ置かれた椅子や夏至の焚き火のオブジェはまさに現代アート。ルネ・マグリットぽい透明感と静謐が印象的でした。
衣装も素敵でフランス革命よりちょっと前というには少しスタイリッシュ。やはり、歴史劇というよりも心理劇だったのかも。
なにぶん史実がドラマティックゆえ舞台でもそうなるはずっていう先入観のもとに見てしまったのがちょっと失敗だった。
予習も時には考えものだわ。もっとどっぷりシュコワールドを楽しみたかったよ。
あーさのあーさらしいお前にマジな人たらしキャラはこの芝居の演出において必要だったのかはちょっと疑問には思ったけれど…。以前の作品よりエンターテイメント性を高めたかったのかもしれません。
心理劇であればジェンヌ本人が作り上げたパブリックイメージを使うのではなく、シュコ先生ならではの切り口でみたかった気もするなぁ。
そこもシュコワールドに乗りそこねちゃった原因だったかも。
メロディちゃんの若き王妃は思った通りはまり役でした。
新しい知識や改革の面白さを知った心の高揚は恋と同じね。
王族の政略結婚ゆえ妻となってもまだ本当の恋を知らない蕾の硬さが似合っています。
ドレス姿ももちろん素敵でしたが男装の時のほうが印象的。イキイキとした感じでした。意外にもお転婆のほうが似合う。
口元が時々分別くさくへの字になる癖だけはちょっと直してほしいかも~。
印象に残ったのはやはり諏訪さん(諏訪さき)。
これは難しい役だわ。
事実だけを追えばストルーエンセを持ち上げ、土壇場で裏切り、最後に味方して共に死ぬという矛盾した行動なんだけれど、彼の正義と誠実さが確かな演技力で表現されているので違和感なくすんなり受け入れられた。
これもし諏訪さんじゃなかったら訳がわかんなくなったかもしれない。さすがでした。
ストルーエンセの改革はすべて無駄に終わってしまったように見えるのだけれど、メガネの真面目なのりぴー(紀城 ゆりや)の事実を正しく見つめる曇りのない姿に救われました。後味が良いわ。(史実はとっても後味悪い。)
そうそう、のりぴー新人公演初主演ですね。おめでとー。
この素直で真っ直ぐな持ち味はきっと真ん中に立った時に生かされると思うよ。
男爵♪エンリコくん(苑利香輝)と小間使♪はなちゃん(白綺華)の階級が違いながらもそっと愛を育む姿が挟まれるのがとても良かった。ラストの優しい抱擁には泣けました。
フィナーレで綺麗!と思ったら大抵すわさんとしゃんたん(壮海はるま)だったわ。
うきちゃん(白峰ゆり)、ぴよた(日和春磨)も目立っていたなぁ。まさか次作で卒業とは。うぅぅ。
「ディミトリ~曙光に散る、紫の花~」
これは原作を読んでいる時から舞台化が目に見えるような作品でした。
お忍びで祭りに繰り出したりとか、まんま宝塚ね。
時制を少し短くしている以外はほぼ原作通りに事が運んでいきます。
その原作を超えてくるのがギオルギ王♪あかさん(綺城ひか理)、バテシバ♪くらっち(有沙瞳)のカップル。
主な出番は前半のみですが、原作ではそう詳しく描かれていない切ない心の流れが胸に迫ってきて最初のバテシバの歌から早くもエグエグ泣かされました。
舞台化に際し詳しい説明とかセリフとかが付け加えられているわけじゃないと思うのだけれど演技の情感で二人のままならない関係性が手にとるようにわかる。
どうしてこんなにも伝わってくるんだろう。凄いなぁ。
あぁ、くらっちの宝塚での演技が次の「1789」で見納めになってしまうのは辛い。
宝塚はもちろん華やかさも見どころだけれど、そこに複雑な人間の心情や人生のままならなさが描かれてくると物語が更に美しく奥深くなっていくんだよね。
私はそういう深い舞台をたくさん見たいのだよ。
原作からの大きな改変はルスダン♪ひっとん(舞空瞳)の成長が描かれて幕となるところかな。
愛する人と離れたくないとダダをこねていた少女が、離れても逢えなくても、たとえ敵となってもただ生きていてって言うのも、亡くなったことを悟った時にその事実を口に出さなくなるのも、それが大人となり成長することではあるけれど本当に切ない。
何も知らない考えなしの王女から、傷だらけの心を抱えながら一国を背負う女王として認められるまでの物語となっていました。
主人公の心の成長が描かれるというのはずっと宝塚の王道芝居だけれど、それをトップスターではなく娘役ヒロインでというのが新しい。まさに令和の作品かもしれません。
「JAGUAR BEAT」はやはり劇場で観たかった。
捜し物系ストーリーのショーってこれまでにも有ったので配信やNHKの放送で見る限りは斬新!とまでは思わなかったけれど、劇場で見れば全然違ったと思う。
ラストの男役燕尾が「大きいテレビでスカイステージ見たいのにまた今日も野球中継か!」っていうチャンネル争い敗北のテーマ曲だったのがちょっぴりどよ~んだったのよね。
春畑道哉さんの「JAGUAR'13」という曲なのね。フジテレビ系列ね。
ダンスもギターもカッコいいんだけどな~。これは劇場でノリノリの気分で観たかった。
今、思い出せるのはこれくらいかしら。
やっぱり見てすぐの興奮冷めやらぬうちに記録しておかなくてはいけないわね。
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