「Le Rouge et le Noir ~赤と黒~」LIVE配信感想

【2023-04-08】
LIVE配信感想

配信があったのは開幕してからわずか一週間でしたので青年館の千秋楽は更に進化したことでしょう。

もちろん劇場で生の声の波動に包まれることこそが醍醐味ではありますがなかなか劇場に行けない身としてはLIVE配信で雰囲気だけでも覗かせてもらえてとてもありがたかったです。でもこれは劇場で観たかったよ。

配信を見てからもうずいぶん経ってしまって記憶の彼方ではありますが少しは記録しておかなくちゃ。最近色々あって感想が滞りがちだわ。

冒頭、物語のストーリーテラーでもあるジェロニモ♪ありちゃん(暁千星)の扮装も口上もまるでこれからサーカスかなにかの興行が始まるよう。

そして額縁の中の真紅の緞帳が開くと現れるのは黒い鉄製(に見える)の薔薇の柵に囲まれた舞台装置。

ウチのたいして大きくはないテレビで見ているせいか、なんだか自動人形が仕込まれた豪華なアンティークオルゴールを覗いているような、そんな不思議な気持ちに包まれました。

そうそう、なんでからくり人形を思い起こしたかって言うと、たぶんきさちん(希沙薫)ね。

もともとお人形のように可愛らしい男役さんではあるのだけど、その表情や物腰におもちゃめいた幼さを感じたのです。

あまり芝居をしているところを見た記憶がないのですが、無言での他者との関わりにどこかぎこちなさが伴うの。今回卒業の芝居巧者あかっしーくん(朱紫令真)と同期とは思えない初々しさだわぁ。

ダンスは動けるけれど芝居としての呼吸を感じて踊るのはあまり得意ではないのかな。回を重ねてどのように進化していったのかが気になります。

きさちんのお人形を思わせる様な感情のやり取りのもの馴れなさは世界観を意図しての表現だったのかそれとも意図せざるものかはわからないですが、それがまるで箱の中で繰り広げられる人形達の世界を覗き込んでいるような気分もたらしたみたい。

配信を見るのっていつも外からこっそり覗いているような気がするのですが、今回は特にそんな隠微な雰囲気が強くて妙にドキドキします。

そしてその赤と黒で彩られた箱の中はとっても贅沢で美しかった。

レナール夫人♪くらっち(有沙瞳)は地毛をゆるりと束ね、メイクも宝塚の舞台ではあまり見たことのないナチュラルさ。つつましやかではあっても内面から美しさがにじみ出てくるような人妻です。

一方のジュリアン♪ことちゃん(礼真琴)は労働者階級の美しい若者。

少年と言っても通じるような世慣れない雰囲気には思わず母性本能をくすぐられてしまいそう。

ところがロック調となったラテン語の聖書の暗唱をまるで爆発するかのように激しく歌い、己の才能と心に秘めた野心を見せつける。

もの凄い!

凄いんだけれどどこか痛々しくて…なんだかいたたまれないのだわ。

だからでしょうか、ジュリアンのレナール夫人に対する想いは少なくとも最初は恋愛感情ではなかったように感じました。

レナール夫人は匂い立つような美しさだけれど蠱惑的ではありません。まさに良き妻、良き母、良きブルジョアの女性。

心の中に強烈な自意識とそれゆえの階級コンプレックスが渦を巻いているジュリアンにとって、眼の前にいるこのブルジョア階級の美しい女性こそまず自分に跪かせなければならない存在と思い定めたのでしょうか。

夫人に対する温かな思慕でも、一時の気まぐれで愛を弄んだわけもなく、もちろん成り上がるための手段でもなく、ただ己の征服欲と勇気を試すような痛々しい愛の告白。

いや“試した”なんて余裕のある感じでもないな。

今これをやり遂げなければ自分の命すらないと自らに課していて、もはやまるで我と我が身を切り刻むよう。

これもしも劇場でどっぷり浸ってみたりでもしたら共感性羞恥で身体固まっただろうな~。小さな箱の中を覗くようなLIVE配信鑑賞でよかったのかもしれない。

今でこそ何も構わなくなった図太いオバサンですが、昔はとんでもなく人見知りでコンプレックスの塊でそのくせ自意識だけは高かったからホント扱いにくい子供でしたっけ。

でも自分が只のポンコツと気づいてからは完全に楽になりましたよ。それが大人になるってことなのかしらね~。思春期脱出ね。

そうそう、図太いといえばヴァルノ夫婦♪ひーろー(ひろ香祐)&ほのかちゃん(小桜ほのか)。

彼らだって元々はジュリアンと同じような階級だったのに欲深く立ち回っていまやブルジョアに成り上がったわけよね。ゆえにキンキラ成金趣味。

ヴァルノ氏がレナール夫人に執心するのも好色であるがゆえだけではなく、階級コンプレックスによる征服欲が大きいと思うの。つまり根っこはジュリアンとたいして違わなかったはず。

なのにこの違いよ!

ヴァルノ夫婦、イキイキとして毎日がめっちゃ楽しそうだもん。

欲も妬みも生きる活力!

いやぁ~、ひーろーとほのかちゃん。なにもかも素晴らしかったわ。曲が配信されたら絶対ダウンロードする!

この人間性を良しとするか否とするかは別問題として、彼らのように生きられたらジュリアンなら人生絶対楽チン楽勝だったはずなのにね~。

情事はヴァルノ氏による匿名の密告の手紙であっという間に露呈し、レナール夫人はブルジョアの奥方として母として当然の、そして最善の方法を選ぶ。たとえその心の中はどうであろうと。

くらっちにはいつも感動してしまう!

心と行動がけっして一致はしているわけではない複雑な内面を表現するのにこれほど優れた役者がいるだろうか。

「龍の宮物語」でも「王家に捧ぐ歌」でも見事だったけれど、今回も素晴らしかったわ。

まるで細い細い糸の上を歩いているような、そんなギリギリの緊張感。

またレナール氏♪ゆりちゃん(紫門ゆりや)のブルジョアの鷹揚というか鈍感さがすごく効いているのよね。さすが!

エリザ♪るりはなちゃん(瑠璃花夏)の年若いがゆえの生硬さもとても良かった。

鋭敏と鈍感、柔らかさと硬さ。

コントラストがとても鮮やかです。

一方レナール夫人との逢瀬で征服欲は満たしたはずだったジュリアンの心には何が生まれたのだろう?

それはやはり愛?

愛ゆえの憎しみ?

あぁ、すっかり忘れてしまった思春期の繊細で高潔な心よ!

この一幕終盤はそれぞれの心情が細やかに描かれることはなくシンプルかつスピーディーなので凡人にしてすっかり心が汚れちまった私にはジュリアンの心の流れがあまり見えなくなってしまった。およよ。さっきまでの共感性羞恥はいったいどこに?

でも、ことちゃんの怒涛のパフォーマンスにそんなことはどうでも良くなるのだ。

「赤と黒」は誰もが知る古典なので、細かい心理の流れを追うことなんてかえって不要なのね、きっと。

赤いバラの花びらが降り注ぐ一幕ラストにはただひたすら息を呑みました。

さて二幕の舞台はレナール家からパリの貴族ラ・モール侯爵家に。

っつーか成り上がるためには田舎のブルジョアの家庭教師なんかよりずっと大きなチャンスがころがってるじゃないのさ。

レナール夫人の決断は自分を守ること以上にジュリアンの将来を守るためでもあったのか。

けれどもそれは彼を永遠に失ったことでもある。彼女自身の魂はもはや死んだも同然なのだ。泣けるわ~。

っていう流れ、まんま大好きなアナベルだわ。「アルジェの男」は「赤と黒」がモチーフだもんね。あちらのジュリアンはアナベルを愛してはいなかったけれど。

さて、ラ・モール侯爵家の一人娘マチルド♪うたちゃん(詩ちづる)

その実力はうすうす知ってはいたけれど、二幕冒頭の歌からすっごいパワーに度肝を抜かれました。

マチルドは本来とても難しい役だと思うのよ。

プライドが高く階級の低いジュリアンを見下しながらも強く惹かれる。

その相反する感情が子供っぽい気まぐれにならない聡明さと気高さが求められる。

もちろん年若いヒロインとしての華やかさも必要。

うたちゃんすべてを難なくクリア。

その愛らしいお顔から想像できないほど深みのある声による見事な歌唱と落ち着いた芝居に驚いた。

これはもう、すぐにでも大劇場公演でヒロインが出来るわ~。

ってな文章を確かずっと前にも書いた様な気がするなぁ~って思ったら「鈴蘭(ル・ミュゲ)」のまあやちゃん(真彩希帆)のことだった。

ということは、もしかして一年後くらいには…。なんてコトあるかしら?

【こんな記事もあります】>>> 麗しのデュエットれいまぁ「鈴蘭(ル・ミュゲ)」1

さてさて「赤と黒」はなんとなく恋愛悲劇だと思っていたんだけど(原作は未読です)今回のフレンチロック・ミュージカル版はなぜか全くそんな気がしませんでした。

これはもしかしてメリーバッドエンドってやつ?

ジュリアンに銃を向けられた瞬間にレナール夫人が見せた柔らかく幸せに満ちた微笑みが忘れられません。

宗教的にも許されない不義密通の罪の意識と愛するジュリアンを遠ざけ二度と会うことはないという事実でおそらく魂が消えたようになっていたレナール夫人はジュリアンに撃たれることで内なるすべての罪から解放されたように思えました。

キリスト教において姦淫は罪。けれどもそれが真実の愛なのだとしたら?はたして神はそれを裁くことはできるのでしょうか。

物語のすべてがこの一瞬の微笑みに集約されていると感じるほど、くらっちの表情は印象的でした。

レナール夫人はジュリアンの死後程なく亡くなってしまったのですね。ジュリアンの元に行くことは彼女にとって最上の喜びだったのかも。

マチルドが愛していたのは果たしてジュリアンなのか、それともドラマティックに生きる自分自身だったのか。

いずれにしてもジュリアンの首を抱くという壮絶な結末は英雄的な行為により刑死した先祖を崇拝しているマチルドの望みを叶えたことになります。

そしてジュリアン。

自ら望んだ死刑判決を聞いた時のことちゃんのすべてを解き放ったような表情も印象的でした。

彼が己のすべての野心を捨て、死と引き換えに手に入れたものは愛だったのかそれとも無意味な破滅だったのか。

その答えはジェロニモの口上によって観客に委ねられ物語は終わります。

そのまま躍動感あふれるフィナーレになだれ込んでいくので見終わってみると恋愛悲劇の胸の痛みより多幸感のほうが残りました。

本当に贅沢なひと時だったなぁ。

贅沢だけれども無駄なものは極限まで削ぎ落とされたような小劇場ならではのミニマムさも感じられ、赤と黒で彩られた美しいアンティークのオルゴールの蓋をそっと閉じるようにLIVE配信の幕が下りたのでした。

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