ディレイ配信感想
「心中・恋の大和路」の初演と同じ1979年の初め、帝劇で蜷川幸雄演出、平幹二朗・太地喜和子主演の「近松心中物語」が上演されていて母が観に行ってるんですよ。
芝居のクライマックスには森進一が歌う「それは恋」というロック調の演歌が流れ、当時とても話題になりました。曲も大ヒットしたことを覚えています。
その同じ年の後半に上演されたのが宝塚の「心中・恋の大和路」
こちらの劇中の楽曲はプログレッシヴ・ロックというジャンルからインスパイアされたのだとか。
先進的なロックっていう意味?
蜷川さん版のロック調演歌よりも更に斜め上をいく斬新さだわ。
名曲「この世にただひとつ」はキング・クリムゾンの「Epitaph」をイメージして作曲をして欲しいという演出の菅沼先生のオーダーだったそう。
聞いてみたらなんと9分以上の大曲!
そしてかなり「この世にただひとつ」でした。いえ、もちろん「Epitaph」のほうが元ネタなんですけど。
ロックといってもノリノリの大衆的な曲ではなく、哲学的でアーティスティックでちょっととっつきにくいイメージですが、とても心揺さぶられます。イギリスのアーティストなのね。
しかしそんなプログレッシヴ・ロックと和物の融合だなんて、1979年当時どれほど尖った作品だったことでしょうか。
そういえば初演で忠兵衛を演じたるみこさん(瀬戸内美八)は、お稽古が始まる前に
「こんなかっこ悪い男イヤや~」と菅沼先生に思わず愚痴ってしまったと何かの対談番組でお話されていましたっけ。
なんの番組だったかなぁ。スカステで以前放送があったんだけれど。
主演男役が正義のヒーローである事が要求される初演の時代に、この尖った未知の新作を演じることがどれほどのチャレンジだったかという事がよくわかります。
もちろん初演は大成功。その後何度も再演されることとなった大人気の名作です。
忠兵衛♪そら君(和希そら)
そら君(和希そら)は宙組出身で日本物の経験こそ少ないですが、近年はレストレード警部やジェルドレイク部長など大人の男も見事に演じていました。
とはいえダメダメ男って演じたことあったっけ?
これまでそら君が演じてきた役って、少年でも大人の男も女性役でも有能なタイプが多かったような気がするのです。
「オーシャンズ11」のライナスはちょっとヘタレなところもあったけど、ポテンシャルは高かったよね。
「夢千鳥」や「プロミセス・プロミセス」はある意味ではダメ男だけれど、才能あふれる芸術家にやり手のエグゼクティブだった。
だから私のそら君のイメージって仕事が出来る男。
忠兵衛のような突っころばし、つまりちょっと滑稽なところもある軟弱な色男とは対極にあります。
どんな忠兵衛になるのか想像がつかないだけに配信を見るのがとても楽しみでした。
まさかこんなにもピュアで痛々しい、ある意味幼子のような忠兵衛になるとは予想だにしてなかったわ。
実を言えば破滅の道を行くのは大人の男のほうが好みなのです。
その道を進んではいけないことはもちろん重々わかっている。
わかっていながらも抗いようもなく自ら破滅の道に突き進み、極限まで張り詰めた糸がついにブツッと切れる瞬間にゾクゾクしてしまう。
ただ思慮も分別もあるはずの大人の男が何故自ら破滅の道に突き進むのか。
それを観客に納得させる表現というのは脚本演出においても演技においても、とても難しいと思うのよね。
だれもがたやすく共感出来るタイプの登場人物ではない場合、大の大人がなんでそんな行動の取るのよ?ってそっぽを向かれるかもしれない。
もしかしたら、るみこさんも初演のときにそこが不安で菅沼先生に愚痴っちゃったのかも。
でもたとえ共感は出来なくっても、いや、出来ないからこそ!自分とは違う人生や感性に入り込み感情移入できるのが観劇の面白さだと思うんだけれどなぁ。
しかも近年はますます観客が共感できるかいなかで感動ポイントが左右されているような気がする。
商業演劇である以上、観客により共感してもらいたい!納得してもらいたい!っていう作り手側の意識も昔より高まっているのかもしれません
だから出来る男が似合うそら君が梅川に入れあげ、親友の友情に思い至らず破滅へと突き進む男を演じる場合、なぜそうなるのか?という誰もが共感できる理由付けが必要だったのかしら。
忠兵衛は居所がなく、愛に飢え、ゆえにどこか精神的に幼く未熟な若者である。
それが答えの一つだったのかも。
それにしてもあらゆる面で未熟ではないそら君があれほどまでに未熟な若者を演じられるってやっぱりすごいな。
危ういバランスのいたいけな忠兵衛が破滅に至る道のりはとてもナチュラルで、まぁそうなるしかないよね~とストンと得心がいきました。
とにかく見ていて、もう、なんとかこの子を!あぁ、誰かがどうにかしてやれなかったのだろうかって胸がかきむしられるよう。
私が期待した大人のそら君とはちょっと違ってはいたけれど、青春の残酷物語というのも大好きなジャンルなので、とても引き込まれました。
梅川♪あやちゃん(夢白あや)
美しい人だけれどなんだか壮絶に痩せてるなぁ。ちょっと心配になっちゃう。
けれど、今回の梅川にはその痛々しさがピタリとはまっていたかも。
郭の中の最高ランクである太夫と枕を交わす事はいわば郭の中での疑似結婚。大変な大金と何日にも渡る大層な儀式が必要です。
しかし見世女郎の梅川は一晩に何人もの相手をしなければならない。
かもん太夫の別れの宴でひとり酔っている時のやつれた姿に、同じ郭の中でも身分の違う梅川の身の上が推し量られて見ていて本当に切なかった。
そもそもなんで遊女にランクの差が生まれるかっていうと、ひとつには郭に入った時の年齢が関係するらしいです。
太夫になるには高い教養が必要で、小さな頃からしっかり仕込まれなきゃ間に合わないのね。
そして、そういう教養や多方面に渡る芸を身につけるには賢さも関係してくるのでしょう。
かもん太夫♪ゆきのちゃん(妃華ゆきの)はそういった意味でもパーフェクトに美しく、そして知性が感じられて素晴らしかった。
大人っぽい美貌のあやちゃんですが、そら君と同様にどこか幼さが垣間見えるピュアな役作りで、賢いというより実は平凡な普通の女の子なんじゃないかって感じに思えました。
しかも身受けされれるくらいなら橋の下でも、みたいな台詞までなかったっけ?
これってつまり田舎の男に身請けされて忠兵衛に会えなくなるくらいなら、郭にいられなくなって更に下層の夜鷹や船女郎にまで身を落としてもかまわないっていう意味よね。
小さな幸せを願うごくごく平凡な女の子なのに、これまでの道もこの先の道もどっちを向いても彼女の目には生き地獄しか見えていない。
梅川も忠兵衛と同様、若者の残酷物語のようでした。
そんな梅川にとって、忠兵衛との道行はそれがたとえ死出の旅だとしてもこの上もない幸せだったのね。
旅をする梅川は無邪気で愛らしくて、そしてどこか「おままごと」めいているのがなんだかとても切なかったなぁ。
八右衛門♪かちゃさん(凪七瑠海)
学年差を感じさせぬ若々しさにびっくり。
外見だけで言ったらそら君の忠兵衛と同年代の遊び友達に十分見える。さすがだわ。
ただ持ち味に人生の師のような側面がどうしても出てしまって、それが忠兵衛の幼さをさらに強調することになったのかもしれません。
1幕の鬢水入れの証文のくだりが手慣れた遊蕩者同士の滑稽な駆け引きに見えなかったのも、かちゃの誠実さとそら君の役作りの幼さ故かな。
しかもこのやり取り、二人の間がかなり速かったよね。
速い速い!って見てて思った。
テンポアップが現代の常とはいえ、観客をちょっと笑わす絶妙なツボって恐れずに空白を作ることで生まれる場合もあると思うのよ。
粋な大人の遊び仲間というより生真面目でとても好感度の高い青年八右衛門でした。
ラストの歌唱がやっぱり素晴らしかったわ。
この歌唱、壮さんバージョンから八右衛門が担当するようになったんですが、それまでは与平役の若手が担当していたんです。カゲソロだったと思います。
そういえば初演の八右衛門は歌唱力の高いみねちゃん(峰さを理)だったのに、なぜ敢えて若手のなつめさん(大浦みずき)を起用したんだろう?
思うに、このラストの歌唱には切羽詰まった緊張感と同時に白く降り積もる雪のような清らかさが欲しい気がするの。
つまり若手の声のほうが似合う。与平の心の清らかさが似合う。
だから朗々と余裕で歌い上げるみねちゃんではなく、当時歌唱力はまだまだだったなつめさんの生硬な声のほうがこのラストの世界観に合うと菅沼先生は考えたのかも。
まぁその真意は今となってはわからないのだけれど。
あの壮絶なラストシーン。
布で表現された峻険な雪山の中、容赦なく吹雪に包まれていくことを暗示する美しい白装束での二人の最期の姿にこそ焦点があたってほしい。
だからそこで流れる歌唱はドラマティックであっても、あまりくどくなりすぎないほうが好みなの。
かちゃの声質はとても清らか。
ベテランらしく深い感情が込められているけれど、でもやりすぎた感じはなく切々と胸に迫る歌唱がとても好きでした。
下級生に至るまでハイクオリティ
与平♪すわっち(諏訪さき)の「この世にただひとつ」も素晴らしかった。
かちゃの歌唱も好きだったけれどラストが初演と同じく与平のカゲソロだとしたらどんな風になっただろう。ちょっと聞いてみたかったかも~とも思いました。
宿衆の中にとてもきれいな所作の人がいて、どなたかしら?って思ってよく見たらしゃんたん(壮海はるま)だった!歌ももちろん上手いし、本当に良い声。
いちかっち(一禾あお)、みちちゃん(愛陽みち)の歌唱も素晴らしい!
みちちゃんの声大好き。
超絶早口な御内儀♪りりちゃん(琴羽りり)も減らず口を叩きまくるやんちゃな丁稚♪あさとくん(霧乃あさと)もさすがの口跡だし、出演者の誰もが芝居もうまく、歌もうまく、それなりに下級生もいるはずなのに全くそれを感じさせないクオリティの高さでした。
ショーの「ODYSSEY」、芝居の「心中・恋の大和路」。
二手に分かれても、どちらもそれぞれに素晴らしいのだから今の雪組すごいな。
全員揃った次作の「蒼穹の昴」がとっても楽しみです。
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